決して怒らない
 2007年2月19日、ライブレボリューションは取引先であるS社の破産と同社の社長の自己破産により、1000万円近い債権が回収できませんでした。このようなことは2000年の創業以来、初めてのことです。

  本案件を担当していたのは、新卒入社で一年目の新米営業マンでした。彼もその上司も途中で「おかしい」と気づき、S社が破産を申し立てる半年ほど前から取引を停止していました。ところが、それ以前の債権額は既に1000万円近くまで積みあがっていたのです。

  私は、先方の社長と面会し、個人保証をしていただきました。決して怒るのではなく、事情を理解し、少しずつでも返済して欲しいとお願いしました。そのおかげで、私が先方に電話をかけても居留守を使われるようなこともありませんでした。

  私とS社の社長は「2月から50万円ずつ返済する」ということで約束していました。ところが、2月13日の振込み日に入金されていたのは、約束の額を下回る30万円だったのです。その後は、S社の社長との連絡が完全に途絶えてしまいました。

  「裏切られたのか」

  とても残念な気持ちになりました。

  その6日後の2月19日、S社の破産と同社の社長の自己破産の申し立てを知らせる通知が私の手元に届きました。それを見たとき、「あの社長はギリギリまで私達のために誠意を尽くしてくれていたのだな」と胸が熱くなりました。恐らく、面会したときに、S社の社長を罵倒するようなことをしていたならば、きっと30万円すら回収できなかったと思います。

  また、S社を担当していた新米営業マンが私のところに謝りに来たときのことです。普通であれば、嫌味のひとつも言いたくなるでしょう。そして、「お前の給料で埋め合わせろ!」と怒鳴り散らす光景が繰り広げられてもおかしくはありません。ところが、私は怒りませんでした。

  「高い授業料だったと思えばいいのです。あなたには高い教育費をかけたのですから、その分、成長したのです。あなたにはもう、同じ教育費をかける必要がなくなりました。同じ過ちは繰り返しませんからね。でも、あなたを辞めさせて、別の人に置き換えると、また1000万円の教育費がかかってしまうかもしれません。それから、1000万円くらいで会社が傾くようなことがあったとしたら、それは私の責任であって、あなたの責任ではありません。1000万円の案件を任せるということは、それがなくなったとしても会社が責任を取る覚悟があるということですよ」

  私が失敗に寛大なのは「失敗すること自体が充分に当人への罰に値する」と考えているからです。失敗した当人が一番つらいのです。

  「決して怒らない」。これはライブレボリューションにおけるルールであり文化です。「怒る」「叱る」といった行為は認められません。例えば、メンバーの一人が失敗をしたとします。これを怒ったり叱ったりすれば、そのメンバーは怯え、次に失敗をしたとき、その失敗の報告を遅らせたり、隠そうとしたり、嘘をついたりするかもしれません。それらは、事態をさらに悪化させるだけです。

  怒りたくなるような失敗の原因を調べていくと、それは、当人だけの問題とは限らないことがよくあります。また、失敗につながった原因が、ほかにもあったのではないかという可能性を否定できません。ですから、自分の誤解で相手を怒ってしまい、自分への評判を下げてしまうということになりかねません。

  よくよく考えてみると、人は何を基準にして怒るのでしょうか。どの程度の失敗で怒るのでしょうか。「こういうことには怒る」といった基準、すなわち「怒りの沸点」は人によって異なります。怒られる側の人間から見たとき「それくらいで怒るのか」という理由で怒ってしまうと、反省してもらえるどころか怨まれてしまいます。

  トーマス・ア・ケンピスは「他人が自分の思いどおりにならないからといって、腹を立てることはない。自分自身でさえ、思いどおりにはならないのだから」と言っています。その通りではないでしょうか。

  仲間同士がお互いに腹を立てて怒るような環境では、幸せになることなどできません。たとえ自分ではなく、隣の人が怒られるのであったとしても、そのような姿を見るのは決して気持ちのよいことではありません。

  私たちは怒るのではなく、失敗を活かす、失敗を挽回する、失敗を解決する、失敗の再発を防止するということを考えます。これが、みんなの安心感につながり、周りに相談できる雰囲気を育みます。

  こういった環境では、失敗したとしてもすぐにそれが報告されるため、早期に対応することができます。お客様からも「なんて対応が早いんだ」とお褒めいただき、ライブレボリューションへの好感にもつながっています。

  私は、「ゆとりの文化」を大切にしたいと思っています。社長となり、大変なことを乗り越えていく中で、「人はゆとりがなければ優しくなれない」ということを学んだからです。

  心にゆとりがないとき、時間にゆとりがないとき、お金にゆとりがないとき、イライラしたり、焦ったりした覚えはないでしょうか。人は、心にゆとりがなければ怒りっぽくなり、他人に優しく接することはできないのです。同様に、メンバーの心にゆとりがなければ、お客様にも優しく接することはできないのです。ゆとりのある企業でなければ、優しい企業にはなれません。


 強くなければ生きてゆけない。だが、優しくなければ生きる資格がない。

 レイモンド・チャンドラー、『プレイバック』より



  強くあるために、売上や利益のノルマを課したり、社内競争を煽るような順位付けをしたり、自らの責任は棚に上げて失敗した人を怒ったりしているような企業に、果たして存在価値などあるのでしょうか。それで優しい企業といえるのでしょうか。

  ライブレボリューションはゆとりを大切にすることで、まずは大事なメンバーに対して
宇宙で一番優しい企業であり続けます。