「達成数値」「社内順位」「職種」「役職」と給与制度が連動してはならない理由
新給与制度の全貌を説明する前に、私が給与制度と結び付けてはならないと考えているものについてお話たいと思います。
ライブレボリューションは、価値観をとても大切にしている企業ですから、子会社の設立や分社化といったことをしません。今流行の「ホールディングカンパニー」や「グループカンパニー」といった企業群を形成するのではなく、一社単独での成長を目指します。会社を分けてしまうと、価値観の統一が難しくなるからです。
そして、せっかくメンバー全員が一社でまとまってやっていこうというのに、給与の決め方や基準が複数あってバラバラなのでは連帯感が保てません。ですから、すべてのメンバーに共通する評価基準をもとにした給与制度でなければならないと考えました。
給与制度を考えているうちに、一般的な企業で用いられているやり方では駄目だということがやがてわかりました。それでは、私が理想と考える「すべてのメンバーに共通する評価基準をもとにした給与制度」を作ることは不可能であり、私がイメージしていた「理想の企業のあるべき姿」を実現できないことがわかったのです。
一般的な企業ではあたりまえに給与制度と結びついているもので、私が給与制度と結び付けてはならないものと考えているのは、「達成数値」「社内順位」「職種」「役職」になります。
まず、「ノルマ」に代表されるような「達成数値」についてですが、営業職などのように成果を数値化しやすい職種では確かに当てはめやすい評価基準だといえます。しかし、数値に表しにくい職種もありますし、職種ごとに別々の数値を設けたのでは、すべてのメンバーに共通する評価基準にはなりません。
過度に「達成数値」と評価を連動させてしまうとプロセスをおろそかにして結果だけに走りかねません。それが時としてクレームにつながったり、不正につながったりします。そこで私は、新しい給与制度の評価基準に「達成数値」を入れないことにしました。
「社内順位」は、一定の規模の会社や営業職を重視するような会社でよく見られる評価基準です。社内で互いに競わせることで従業員一人ひとりの成長を促し、その総和としての組織の成長に結び付けようとしています。私も証券会社に勤めていたときに体験しました。
ただ、これでは評価が「相対評価」になってしまい、自分の成果そのものを評価されているとは言い難い面があります。また、お互いに情報やノウハウを教えあって、共に成長しようといった心が芽生えにくくなります。私の理想とする評価は、周りの人に左右される「相対評価」ではなく、自分の成果が直接反映される「絶対評価」です。
一般的に、どんな事業を営んでいるかで、花形とされる「職種」が異なります。おそらく、売り上げや利益により貢献する職種を重視し、そのような職種により多くの給料を払うというのがあたりまえになっているのではないでしょうか。職種による貢献度の差を考慮して、職種ごとに別々の評価基準を設けたり、給与水準を変えたりしている企業もあるでしょう。
これにより、どの職種が「上・下」といった区別が、意図的あるいは無意識につけられています。当然、低い給与水準の職種や社内から「下」とみなされている職種には誰もつきたがりませんし、そのような職種を任された人のモチベーションは上がりません。また、「営業から人事に異動したら給料が下がる」というのであれば、生活水準を下げなければならなくなります。これでは、異動する際に抵抗感が生まれてしまいます。「適時、適材、適所」の実現の妨げにもなってしまうでしょう。すべての職種の人たちが同じように役立っていることを前提としなければ、会社全体の円滑な運営はできませんし、メンバー全員が自分の仕事に誇りを持てるようにはならないと思います。
最後に「役職」の話になりますが、通常、役職が上がると給料も上がります。あたりまえすぎて、これを疑問に感じる人はいないでしょう。ところが、ここには「出世争いによる内紛の勃発」「役職の形骸化」「降格によるモチベーションダウン」「役職(ポジション)を増やすための階層増」といったさまざまな問題が潜んでいるのです。
役職と給与を連動させていると、必ず従業員の間で出世争いが起こります。内紛が勃発し、仲間内で争っている間にライバル企業に水をあけられてしまいます。また、役職と給与が連動していると、役職の形骸化につながることがあります。例えば、ある課の課長が別の課に異動したとします。異動先の課長が別の課に異動するか昇格(降格)していない限り、ひとつの課に課長が二人というおかしな状況となります。「そんな馬鹿な」と思われるかもしれませんが、私が証券会社に勤めていたときには、同じ課に課長が三人もいました。それは「課のリーダー」としての課長ではなくて、「給与等級上の資格」としての課長という意味合いが強かったためです。果たして、これで本来の意味での課長といえるのでしょうか。
もし、「同じ課に二人も課長はいらない」ということで、実力の劣るものから課長職を解いたとしましょう。一度与えた役職を剥奪すると給料も連動して下がることになります。もちろん、モチベーションまで下がってしまうでしょう。そのような事情から、たとえ課長としての実力のない者であっても、給与制度との兼ね合いで役職をそのままにしていることが多々あるのです。
昇格させなければ昇給させることもできないとなると、会社としては無用なポストを増設しなければならなくなります。これは、階層が増えてゆく一因にもなります。ピラミッドはどんどん高くなり、やがて組織が官僚化してしまうでしょう。
世の中には部下を持たず「スペシャリスト」として働きたい人もいます。リーダーには向いていない人もいるのです。ですから、役職と給与制度を連動させることには、はじめから無理があるのです。
「いつか『達成数値』『社内順位』『職種』『役職』といったものと給与制度を分離しなければ、理想の企業は決して作ることができない」
そう思いながら、私は新しい給与制度を考え続けていたのでした。
ライブレボリューションは、価値観をとても大切にしている企業ですから、子会社の設立や分社化といったことをしません。今流行の「ホールディングカンパニー」や「グループカンパニー」といった企業群を形成するのではなく、一社単独での成長を目指します。会社を分けてしまうと、価値観の統一が難しくなるからです。
そして、せっかくメンバー全員が一社でまとまってやっていこうというのに、給与の決め方や基準が複数あってバラバラなのでは連帯感が保てません。ですから、すべてのメンバーに共通する評価基準をもとにした給与制度でなければならないと考えました。
給与制度を考えているうちに、一般的な企業で用いられているやり方では駄目だということがやがてわかりました。それでは、私が理想と考える「すべてのメンバーに共通する評価基準をもとにした給与制度」を作ることは不可能であり、私がイメージしていた「理想の企業のあるべき姿」を実現できないことがわかったのです。
一般的な企業ではあたりまえに給与制度と結びついているもので、私が給与制度と結び付けてはならないものと考えているのは、「達成数値」「社内順位」「職種」「役職」になります。
まず、「ノルマ」に代表されるような「達成数値」についてですが、営業職などのように成果を数値化しやすい職種では確かに当てはめやすい評価基準だといえます。しかし、数値に表しにくい職種もありますし、職種ごとに別々の数値を設けたのでは、すべてのメンバーに共通する評価基準にはなりません。
過度に「達成数値」と評価を連動させてしまうとプロセスをおろそかにして結果だけに走りかねません。それが時としてクレームにつながったり、不正につながったりします。そこで私は、新しい給与制度の評価基準に「達成数値」を入れないことにしました。
「社内順位」は、一定の規模の会社や営業職を重視するような会社でよく見られる評価基準です。社内で互いに競わせることで従業員一人ひとりの成長を促し、その総和としての組織の成長に結び付けようとしています。私も証券会社に勤めていたときに体験しました。
ただ、これでは評価が「相対評価」になってしまい、自分の成果そのものを評価されているとは言い難い面があります。また、お互いに情報やノウハウを教えあって、共に成長しようといった心が芽生えにくくなります。私の理想とする評価は、周りの人に左右される「相対評価」ではなく、自分の成果が直接反映される「絶対評価」です。
一般的に、どんな事業を営んでいるかで、花形とされる「職種」が異なります。おそらく、売り上げや利益により貢献する職種を重視し、そのような職種により多くの給料を払うというのがあたりまえになっているのではないでしょうか。職種による貢献度の差を考慮して、職種ごとに別々の評価基準を設けたり、給与水準を変えたりしている企業もあるでしょう。
これにより、どの職種が「上・下」といった区別が、意図的あるいは無意識につけられています。当然、低い給与水準の職種や社内から「下」とみなされている職種には誰もつきたがりませんし、そのような職種を任された人のモチベーションは上がりません。また、「営業から人事に異動したら給料が下がる」というのであれば、生活水準を下げなければならなくなります。これでは、異動する際に抵抗感が生まれてしまいます。「適時、適材、適所」の実現の妨げにもなってしまうでしょう。すべての職種の人たちが同じように役立っていることを前提としなければ、会社全体の円滑な運営はできませんし、メンバー全員が自分の仕事に誇りを持てるようにはならないと思います。
最後に「役職」の話になりますが、通常、役職が上がると給料も上がります。あたりまえすぎて、これを疑問に感じる人はいないでしょう。ところが、ここには「出世争いによる内紛の勃発」「役職の形骸化」「降格によるモチベーションダウン」「役職(ポジション)を増やすための階層増」といったさまざまな問題が潜んでいるのです。
役職と給与を連動させていると、必ず従業員の間で出世争いが起こります。内紛が勃発し、仲間内で争っている間にライバル企業に水をあけられてしまいます。また、役職と給与が連動していると、役職の形骸化につながることがあります。例えば、ある課の課長が別の課に異動したとします。異動先の課長が別の課に異動するか昇格(降格)していない限り、ひとつの課に課長が二人というおかしな状況となります。「そんな馬鹿な」と思われるかもしれませんが、私が証券会社に勤めていたときには、同じ課に課長が三人もいました。それは「課のリーダー」としての課長ではなくて、「給与等級上の資格」としての課長という意味合いが強かったためです。果たして、これで本来の意味での課長といえるのでしょうか。
もし、「同じ課に二人も課長はいらない」ということで、実力の劣るものから課長職を解いたとしましょう。一度与えた役職を剥奪すると給料も連動して下がることになります。もちろん、モチベーションまで下がってしまうでしょう。そのような事情から、たとえ課長としての実力のない者であっても、給与制度との兼ね合いで役職をそのままにしていることが多々あるのです。
昇格させなければ昇給させることもできないとなると、会社としては無用なポストを増設しなければならなくなります。これは、階層が増えてゆく一因にもなります。ピラミッドはどんどん高くなり、やがて組織が官僚化してしまうでしょう。
世の中には部下を持たず「スペシャリスト」として働きたい人もいます。リーダーには向いていない人もいるのです。ですから、役職と給与制度を連動させることには、はじめから無理があるのです。
「いつか『達成数値』『社内順位』『職種』『役職』といったものと給与制度を分離しなければ、理想の企業は決して作ることができない」
そう思いながら、私は新しい給与制度を考え続けていたのでした。



